佐野屋神具店は、清荒神参道の神具・仏具・お墓用品を取り扱っております。兵庫県宝塚市。

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清荒神の歴史

略沿革

略沿革

略沿革

 清荒神清澄寺は、平安時代の初め、寛平八年(八九六)宇多天皇の創意による勅願寺として創建されました。当時は、猪名の平野や武庫の裏が一望に見下ろせる山の尾根に清澄寺を、そして西の谷に荒神社が設けられました。

 讃岐の国の名工、定円法眼が天皇の命をうけ、曼陀華の香木で刻んだ大日如来像を本尊仏とし、叡山の高僧静観僧正を迎え、開山の祖とし、真言宗東寺の長者、益信僧都(やくしんそうず)を導師として開創されました。

 益信僧都は、この聖地に荒神尊を祀り、仏法守護、三宝の加護を祈ったところ社前にあった榊の木に、荒神尊の御影がありありと現出されました。これが「荒神影向の榊」といわれています。

 宇多天皇は、この霊験の報告を受け大変感銘され「日本第一清荒神」の称号を下賜されました。

 寿永二年(一一八三)源平合戦の兵火により、近在の寺社、当山の諸堂は惜しくも消失しましたが、源頼朝の手によって再興されました。

 それよりおよそ四百年の後、織田信長に反旗を翻した荒木村重の伊丹の合戦により再び炎上しましたが、西の谷(現在地)の荒神社のみは、再度の兵火にも災いを免れました。これはもとより荒神尊王の霊験によるものとうかがえます。

江戸の末期、一代の名僧浄界和上の諸堂再建に続き、第三十七世法主光浄和上に至り寺運ようやく開け、昭和二十二年、三宝三福の教理に基づく真言三宝宗を開き、荒神信仰の総本山清荒神清澄寺として新しく法幢をかかげました。

 また、光浄和上は、画聖富岡鉄斎翁との機縁により、晩年の傑作を中心に鉄斎作品を収集し、これらを国の内外に紹介し、その人類愛と平和精神を世界に呼びかけました。

 第三十八世法主光聰和上は、その遺業を継承し、鉄斎の作品を永く後世に伝えるため、昭和五十年に鉄斎美術館を建設、一般に公開し、その入館料の全額は、宝塚市立中央図書館内に「聖光文庫」を設け、美術図書購入基金として、宝塚市に寄付しております。

 第三十九世法主光謙和上は、平成十一年鉄斎美術館に併設する新収蔵庫を完成し、宗教と美術を通じて、清荒神に参詣される多くの人々の心に平和と安らぎを与えたいとの先々代、先代和上のご精神を体し、開山草創の原点に立って日々努力を続けております。当山の創建以来、連綿と続く千年の法燈は、一日も絶えることはありません。
  
 (清荒神清澄寺パンフレットより)
 

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